『回送電車』 「息継ぎの方法」 (堀江敏幸)より。
<原広司の名著『集落の数え方100』(彰国社)としばしば対話をする。十年ほど前に初版が出たとき、既に大江健三郎が小説作法への教えと読み変えて文学に応用していた箴言の数々は、ほとんど詩の領域に属しているといって差し支えないだろう。著者が世界と接するときの柔軟で鋭敏な皮膚の反応が、随所にちりばめられている。〔36〕の断章に曰く、「空気を設計せよ」。いまの私の欠落しているのは、まさしく空気を設計する意志であり、言葉という虚構の肺に空気を送り込む勇気だ。他者の肺から漏れ出たかすかな息の流れを感じとることすらできず、人影にない曠野に身を置いてみたいと夢見ながらも、私は安全な土地ばかりを選んで渡り歩いている。>p111
「空気を設計せよ」と原広司はいう。「空気を設計する意志を」と堀江敏幸がいう。そのために言葉に空気を、身体に血液を。