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本、開かれた<生産性>としてのテキスト」に関連しての引用。ロラン・バルト『テクストの快楽』(みすず書房 1997/01)より。
<テキストとは「織物」(tissu)という意味だ。これまで人々はこの織物を製造されたもの、その背後に何が隠された意味(真理)を潜ませているでき合いの遮断幕のようなものだと思い込んできた。今後、私たちはこの織物は生成的なものであるという考え方を強調しようと思う。すなわちテクストは終わることのない絡み合いを通じて、自ら生成し、自らを織り上げてゆくという考え方である。この織物・・・このテクスチャ(texture)・・・のうちに呑み込まれて、主体は解体する。おのれの巣をつくる分泌物のなかに溶解してしまう蜘蛛のように。>
ここで、ロラン・バルトはテキストについて語り、テキストとは「織物」 (tissu) という意味だ、と表現しています。
さらに、テクストは終わることのない絡み合いを通じて、自ら生成し、自らを織り上げてゆくということは、まさに開かれた<生産性>としてのテキストを意味しています。
そして、この織物・・・このテクスチャ (texture) ・・・のうちに呑み込まれて、主体は解体する、とまとめています。