前に出久根達郎さんの『
たとえばの楽しみ』(講談社文庫)の中の一文を取り上げましたが、もう一つ付箋付きの箇所を紹介します。この文庫の中で、出久根さんの気持が入ったもので、私も印象に残っている箇所です。
「作品の鑑定」
<面白い小説は、むろんのこと作者の才能によって生まれるのだが、すべてが作者の手柄とは言えない。執筆上のよき助言者であり、取材の協力者であり、作品を世に出してくれた編集者の心意気を忘れてはならない。
しかし読者には、そのような陰の功労者の姿が見えない。功労者が自ら語ることがないからである。縁の下の力持ちに徹している人が、編集者なのである。
大村彦次郎著『文壇うたかた物語』(筑摩書房)は、いわゆる大衆小説の分野で、名編集長とうたわれた人の回想録であるが、陰の功労者の自慢話でもなければ、縁の下の力持ちのボヤキでもない。大衆小説を心から愛した人の、大衆小説および作家礼賛である。
小説が好きで、読まずにはいれぬ人、書かずにはいれぬ人、あるいは将来、編集者たらんとする人、必読の、本書は最良のテキストである。いやテキストというと堅苦しい。テキストを装った、いっそ小説である。上質の純文学であり、息もつかせねぬ波乱万丈の物語である。>p227-228
と書き、出久根さんは三時間で一気に読了したというから、こればかりは読まねばならない一冊ということになりますか。
著者大村さんは昭和三十七年「小説現代」の創刊にかかわり、のちに編集長として多くの作家を発掘、輩出した人です。